1分単位で残業代を払わなければならないなら、雑談や居眠りの時間を1分単位で管理して減給できるか?

 コンビニ「サンクス」のニュース(たとえばコチラ)が話題になっています。
「1分単位で労働時間を管理する」ということに対して会社側からよく聞くのが、タイトルに書いたような疑問です。その気持ちはよくわかります。

 雑談したり居眠りしたり私用電話したりスマホいじったりしている時間に、どうして給料を払わなければならないのか・・・と。「本来なら、減給されても当然じゃないか」といいたくなる気持ち、よくわかります。

 しかし、本当に「本来なら、減給されても当然」なのでしょうか?・・・といったことについて考えてみます(いつものことですが、私見です。免責事項もご一読ください)。

 まず、給料とは、労働契約に基づいて支払われます。労働契約法には、次のように書かれています。

(労働契約の成立)
第六条  労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
(労働契約法)

 
 念のため、民法も確認しておきましょう。
 
(雇用)
第六百二十三条  雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。
(民法)

  つまり、契約から考えれば、労働者の「労働」に対して支払われるのが「賃金」だったり「報酬」だったりということになります。だったら、「労働」してない時間に対して、当然「賃金」「報酬」は発生しないでしょ・・・って考えるのは、とても自然なようにも思えます。「ノーワーク・ノーペイの原則」を思い出される人もいるでしょう。「労働無くして給与無し」・・・ってやつです。
 
 ところが、この「労働」という言葉がクセモノです。私の持っている広辞苑第5版では、「労働」について次のように説明しています。
 
ほねおりはたらくこと。体力を使用してはたらくこと。
広辞苑 第5版

 現代は、肉体労働ばかりとは限らないので、体力だけでなく「知力を使用してはたらくこと」も対価が支払われるべき「労働」に加えなければならないのでしょうね。でも、これは、あくまでも日本語としての「労働」という意味です。じつは、「労働」に対する厚生労働省(労働局や監督署など)の考え方は、一般的な認識や国語辞典に書かれているような意味とは異なるのです。(ついでにいえば、裁判所の考え方もです)

 厚生労働省(労働局や監督署など)は、「労働」を次のように考えています。

 労働とは、一般的に、使用者の指揮監督のもとにあることをいい、必ずしも現実に精神又は肉体を活動させていることを要件とはせず、したがって、例えば、貨物取扱いの事業場において、貨物の積込係が、貨物自動車の到着を待機して身体を休めている場合とか、運転手が二名乗り込んで交替で運転に当たる場合において運転しない者が助手席で休息し、又は仮眠しているときであってもそれは「労働」であり、その状態にある時間(これを一般に「手待時間」という。)は、労働時間である。
昭33.10.11 基収第6286号


 「必ずしも現実に精神又は肉体を活動させていることを要件とはせず」って言ってますね。「指揮監督のもとにあれば労働なのだという考え方です。この「指揮監督のもとにある」かどうかは、換言すれば「労働者の時間の自由利用が保障されている」かどうかで判断されます(昭23.4.7 基収第1196号など)。念のため、休憩時間についても確認しておきましょう。


 休憩時間とは単に作業に従事しない手待時間を含まず労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間の意であって、その他の拘束時間は労働時間として取り扱うこと。
昭和22.9.13 発基17号


 厚生労働省(労働局、監督署)の解釈をまとめると、労働時間でない(=賃金・報酬を支払わない=減給する)という取扱にするためには、2つのハードルをクリアする必要があることになります。

  1. 作業に従事していないこと(労働から離れていること)
  2. 労働者が権利として労働から離れることが保障されていること

 以上のことを踏まえてかんがえると、たとえば、労働者が、雑談したり居眠りしたり私用電話したりスマホいじったりしている時間といえども、「労働者が権利として労働から離れることが保障されていること」という2番目のハードルがクリアできない拘束時間は「労働時間」ということになります。たとえば、会社が黙認しているだけの状態で、いつでも「サボってないで仕事しなさい」と注意して労働させることが出来る状態なら、「労働から離れることを保障」されているとは言えないのではないでしょうか?

 結論として、「雑談したり居眠りしたり私用電話したりスマホいじったりしている時間を1分単位で管理したとしても、それらの労働から離れている時間を労働者の権利として保障しているのでない限り、労働時間として取り扱って賃金を支払わなければならない」ということになります。

 この結論は、すこし極論すぎるでしょうか? 手待時間とサボリ時間は似て非なるもので、同じように扱う事には違和感があるでしょうけど・・・。
 (なお、今までのお話は、「労働時間として取り扱わないこと」による減額ができないということであって、「労働能率が悪いことを査定し、規則に基づき賃金を改訂する」ことができないといっているわけではありません。また、サボリを事由とした懲戒は別の話ですので、ご注意ください)。

 現実的なお話として、労働者は「人」です。「機械」ではありません。スイッチのON/OFFで動いたり止まったりするわけではなく、一方では、自律的に働く存在でもあります。

 で、あれば、テマヒマかけて厳密な労働時間管理でコントロールするよりも、どうすれば雑談したり居眠りしたり私用電話したりスマホいじったりしないで自律的に業務に取り組むようになるのか、別のアプローチを考えた方が良いように思います。このエントリのテーマからははずれるので、これ以上深入りしませんけど。

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