手待時間と手抜時間について

 前回の記事では、いささか強引な結論として、「労働とは、必ずしも現実に精神又は肉体を活動させていることを要件としないこと」「労働者が権利として労働から離れること
を保障されている時間以外の拘束時間は労働時間として取り扱うこと」といった厚生労働省(労働局、監督署など)の解釈を紹介して、雑談や居眠りの時間を1分単位で管理しても、労働時間として取り扱い賃金を支払わなくてはならないのではないか・・・と書きました。

 前回の記事はこちらです(1分単位で残業代を払わなければならないなら、雑談や居眠りの時間を1分単位で管理して減給できるか?

 でも、やっぱり「雑談や居眠りの時間」に賃金を支払う・・・というのは釈然としませんね。きょうは、「手待時間」と「手抜時間」について考えてみます(くどいようですが、今日の記事も私見です)。

 図がないと、わかりにくいので、一般的な認識と、厚生労働省の解釈について図にしてみました。




 図の中にある、「労働時間」でも「休憩時間」でもない第3の時間「手待時間」は、賃金を支払わなければならない時間になります。

 一方、「手抜時間(サボり時間)」は、労働者が自分の意思で労働を放棄した時間と考えることができます。労働者側が労働を放棄したのであれば、労働契約法や民法の規定や「ノーワーク・ノーペイの原則」から考えても、賃金を支払う必要はないといえます。

 以上のことから、労働時間ではない(=賃金を支払わない)という取り扱いをするためには、「精神又は肉体を活動させていない時間」をカウントするだけでは不十分で、「雑談や居眠りの時間」が「手待時間」ではなく「手抜時間」だと証明しなければならないわけです。「労働者が権利として労働から離れることを保障されていない(いつでも仕事ができるように待機している状態)」であるかも知れないからです。「手待時間」なのか「手抜時間」なのか、見た目で区別はつかないということになります。

 ということは、労働者に対して、いま、どのような仕事を指揮命令しているのか、明確になっていなければなりません。たとえば「雑談や居眠りを黙認」している状態なら、「黙認」の見直しからはじめる必要があります。黙認することは「手待時間」か「手抜時間」かという判断をむずかしくさせます。

 結論として、あたりまえのようですが、「雑談や居眠りを黙認してやっている」かわりに「多少の超過勤務は残業時間として取り扱わない」ということはできないと考えます。

 なお今回の記事も、労働時間の取り扱いという観点からのみ考えています。「精神又は肉体を活動しつづけるように、1分単位で管理する」ことが、会社の業務遂行のためにプラスになるかどうかは、また別の話です。

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