「稼働対応労働時間制」について考えてみる(労働基準法編)

 前回に引き続き「稼働対応労働時間制」です。

 前回の記事はコチラ
「稼働対応労働時間制」について考えてみる(制度紹介編)

 今回は、主に労働基準法との関係を考えてみます。



 思いついた順に書くので、トッチラカッタ感じになることをあらかじめご了承ください(^_^)。

参考にした「稼働対応労働時間制」の就業規則

まず、このエントリで参考にした「稼働対応労働時間制」をご紹介しましょう。

 運送業のトワードという会社の就業規則だそうです。

 (就業時間および休日)
第34条
 労働時間は週40時間、1日8時間を基本とする。
 1日の労働時間は、4時間の所定労働時間と、4時間の所定労働時間外労働とする稼働対応労働時間から構成される。
 稼働対応労働時間は、稼働状況に応じて各日に命じる。
2 各月における各日の始業及び終業時刻、休憩時間、各日に見込まれる稼働対応労働時間を含めた勤務時間について、原則として期の始まる3日前までに部署単位のシフト表に個人別に設定して社員に通知する。ここでいう期とは、各月1日からの1ヶ月とし、1年間で12期とする。ただし、業務の都合その他やむを得ない事情により、シフト表で設定された勤務の時間について、臨時に変更することがある。この場合、前日までに社員に通知する。
(日経トップリーダー 2017.5 P27より引用 アンダーラインは記事通りです。レイアウトは一部変更しました)

 どうですか? この就業規則の規定。

 誤解をおそれずヒトコトでいうと、ダメでしょ、これ(個人的意見です)。引用の範囲内だけでの判断ですが、労働基準法に定める最低の基準を満たしていないと思います(くどいようですが、個人的意見です)。

「稼働対応労働時間制」は、始終業時刻を明示していない?

例示された就業規則が「ダメだ」と思う一番のポイントは、「始業・終業時刻の明示義務(労働基準法15条・89条)」についてです。

 労働基準法では、文書(雇用契約締結の際 労働基準法15条)と就業規則(労働基準法89条)で、「始業の時刻」「終業の時刻」を明示しなければなりません。

 「始業・終業時刻の明示義務」ついて、厚生労働省では、つぎのように考えています。

「始業及び終業の時刻」とは、当該事業場における所定労働時間の開始時刻と終了時刻とをいうものであり、これによって、次に述べる休憩時間に関する規定と相まって、所定労働時間の長さと位置を明確にしようとするものである。したがって、例えば労働時間については「一日八時間とする」というような規定だけでは本条第一号の要件を満たさないものである。
(労働基準法 下 厚生労働省労働基準局編 株式会社労務行政)

 つまり、「4時間の所定労働時間と、4時間の所定労働時間外労働とする稼働対応労働時間から構成される」「稼働対応労働時間を含めた勤務時間について、原則として期の始まる3日前までに部署単位のシフト表に個人別に設定して社員に通知する」といった規定では、単に「1日平均8時間程度の勤務があること」「労働時間は期の始まる3日前までに通知されること」が明示されているにすぎず、「長さと位置が明確になっていない」と考えられます。時刻の明示がなく、時間も示さず、「平均労働時間」が示されているだけです。

 記事では、「労働基準監督署や労働局に行って相談しましたが、問題ないという答えでした」ということですが、ホントにホント?・・・って思います。「就業規則に始業・終業の時刻を明示しないかわりに、1日の平均労働時間と労働時間を通知するタイミングを書いておけば良いですよね?」と質問すれば、きっと「ダメ」って答えになると思うんですけどいかがでしょうか?

 「稼働対応労働時間制」は、まず、この点について、大いに問題があると思います。

所定労働時間8時間でも、早く帰ってもらうことは「可能」です

記事の中では、「8時間すべてが所定労働時間なら、その日に指示して早く帰ってもらう事はできません(日経トップリーダー 2017.5 p24)」との記述があるのですが、カンチガイではないかと思われます(個人の感想です。念のため)。

 少なくとも、労働基準法には「所定労働時間を変更してはならない」という規定は見当たりません(あるなら、ご教示ください)。

 所定労働時間は労働契約で決まるモノですから、「始業・終業時刻、および、所定労働時間について、どんなコトがあっても変更しない」という労働契約が労使間で成立しているのなら、当然変更できません。しかし、「始業・終業時刻、および、所定労働時間を変更することがある」という労働契約があるなら、変更することが可能と考えられます。

 労働基準法で定められているのは、「労働時間を変更してはならない」ということではなく、「労働時間を変更して短くなった場合の所得補償の義務(休業手当)、長くなって法定労働時間を超えた場合の手続きと割増賃金」です

(休業手当)
第二十六条  使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
(労働基準法より)

 「稼働対応労働時間制」では、この休業手当の取扱いをどのように考えているのでしょうか? 始終業時刻・1日の所定労働時間の設定がされていないため、休業手当の取扱いが不明確です。

 「労働時間は1日8時間を基本とする」のなら、1日4時間働いたあと早く帰ってもらう場合は、「使用者の責に帰すべき事由で4時間分の休業があった」という取扱いで良いのでしょうか?

 ちなみに、平均賃金は、労働基準法12条に規定があります。

第十二条  この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。(以下略)
(労働基準法より)

 当然ながら、計算基礎となる「賃金の総額」には、「所定労働賃金」「所定外労働賃金」「各手当」などが含まれます。

 今回のエントリは、労働基準法を基本に書いているので、詳しくは書きませんが、民法536条2項には、「使用者の責に帰すべき事由により労働者の労働義務が履行不能になった場合には、使用者は労働者に原則として賃金全額を支払わなければならない」ことになっています。

 まとめると、「所定労働時間8時間でも、早く帰ってもらうことは可能」ですが、労働基準法・民法の規定で、賃金を支払う義務がある・・・ということになります。

 「賃金を支払う義務があるかどうか」は実態で判断されますので、「稼働対応労働時間制」などの制度導入により、「始終業時刻・1日の所定労働時間」を明示しないことで、労働基準法・民法で規定されている賃金保障を免れるワケではないと考えます。

 「稼働対応労働時間制」は時短対策であることは理解していますが、「予定していた労働義務を免除」することは、労働者にとってかならずしも有利というワケではありません。このあたりは、次回(労働契約法編)に書こうとおもいます。

労働基準法では、労働義務の範囲と所定労働時間が一致することを前提としている

労働基準法の考える所定労働時間とは、「労働義務の存する時間」と考えられています。

 所定労働時間とは、労働者が労働義務を負うことを約し、使用者がその労働義務の履行について賃金を支払うことを約した時間
(注釈労働時間法 東京大学労働法研究会 有斐閣)

 「稼働対応労働時間制」では、「労働時間」について、次のように説明しています。

所定労働が8時間だったところを、例えば、「所定労働時間4時間」「所定外労働1日平均4時間」に分ける。
(日経トップリーダー 2017.5 p23)

 これは単に所定労働時間(労働義務の存する時間)を、「かならず発生する4時間」と「労働義務時間の増減を行う平均4時間」の2つにわけただけのようにも見えます。結局、1日の始業時には、8時間程度の「労働義務の存する時間」が残ったままではないでしょうか? つまり、「労働義務の範囲」と「所定労働時間」が一致していません。この点を考えると、労働基準法の考える「所定労働時間」と、稼働対応労働時間制で規定される「所定労働時間」は、異なる概念ではないかと思います。

 労基法の労働時間規制の構造上要請されるのは、現実に労働がなされる前の段階(第一段階)における労働義務の範囲と所定労働時間の一致
(注釈労働時間法 東京大学労働法研究会 有斐閣)

 「稼働対応労働時間制の所定労働時間」が、「労働基準法の所定労働時間」とは異なる概念であるとすれば、労働基準法に記載されている所定労働時間について、単純に「稼働対応労働時間制の所定労働時間」を当てはめるワケにはいかないケースが生じます。

 「労働義務の範囲」と「所定労働時間」が一致せず、「始終業時刻・労働時間」が特定・明示されていないと生じるケースについて、少し考えてみましょう。

年次有給休暇の賃金はどのように計算すべきか?

年次有給休暇の賃金は、労働基準法39条で示された次の3つの計算方法のいずれかによって計算しなければなりません。

 1)平均賃金
 2)所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金
 3)健康保険法に規定する標準報酬月額の三十分の一に相当する金額

 このうち、2)のケースが問題です。

 所定労働が8時間だったところを、「所定労働時間4時間」「所定外労働時間1日平均4時間」に分ければ、年次有給休暇を取得したときの賃金として所定労働時間4時間分を支払えば良いのでしょうか? 極論をいえば、「所定労働時間1分」「所定外労働時間1日平均7時間59分」と分ければ、1分労働した場合に支払われる通常の賃金で良いのでしょうか?

 法の趣旨を考えれば、勤務実態が変わらないのに規定を変更するだけで額が下がるのは不適切だと思います。

 結局、「稼働対応労働時間制」における「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」とは1日 8時間以上のことであると考えるのが妥当ではないかと思われます。

残業単価はどのように計算すべきか?

残業単価について、賃金を時間で設定しているのであれば、そのまま使えばいいのですが、たとえば月給の場合は、通常次のように計算されます。

(基本給 + 各種手当)÷ (平均所定労働時間)× 割増率

 つまり、所定労働時間が半分になれば、残業単価が倍になります。

 この問題に対処するために、記事では「基本給の中を所定給と所定外給に分ける(日経トップリーダー 2017.5 p25)」といった対応を考えておられるようです。

 しかし、残業単価の計算基礎(分子)は基本給だけではありません。「皆勤手当」「資格手当」「役職手当」「危険手当」等の各種手当はどのように計算すべきでしょうか?

 所定労働時間を半分にするのだから、それぞれの手当を半分にする・・・とい考え方もあるでしょうが、勤務実態が変わらないのにイキナリ半分になるのも違和感があります。

 結局、ここでのケースでも、「稼働対応労働時間制の所定労働時間」を「労働基準法の所定労働時間」とするのはムリがあるように思います。適切な運用を考える必要があります。

その他(休業補償、みなし労働時間制)

休業補償(労働基準法76条)、みなし労働時間制(労働基準法38条の2)にも「所定労働時間」が登場します。

 「稼働対応労働時間制の所定労働時間」を「労働基準法の所定労働時間」が違う概念なら、このケースについても明確にしておかなければならないですね。

まとめ

労働基準法では労働条件のなかの「労働時間」について、「特定」して「明示」することを義務づけることにより、労働条件の「最低の基準」を規定しようとしているのだと思っています。

 この「労働時間の特定・明示」が実態にあわないので、「労働基準法の規制を緩和すべきだ」という議論なら問題提起として理解できますが、「現行の労働基準法の枠組みの中で、就業規則を整備することで稼働対応労働時間制を導入できる」という考えは、ムリがあると思うのですが、いかがでしょうか?

 「稼働対応労働時間制」は、「時短アプローチ」の仕組みとして検討された制度だそうです。

従業員にとって「早く帰る」「遅く出勤する」ということができるのはうれしいようです。
(日経トップリーダー 2017.5 p24)

 ということですが、新規に雇用する従業員だけでなく、所定労働時間8時間で雇用中の従業員に適用するには、いろいろと注意するポイントがあるように思います。

 次回は、労働契約法の視点から、「稼働対応労働時間制」の導入にあたって、労働契約を変更する場合について考えてみたいと思います。

 予想以上に長文になりました。読んでいただきありがとうございます。

 私の理解不足等により、カンチガイ等あれば、教えていただければたすかります。


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