「稼働対応労働時間制」について考えてみる(労働契約法編)

「稼働対応労働時間制」について考えてみるシリーズ三回めです。

 今回は「労働契約法」を中心に考えてみます。



 前回までの記事はコチラ
「稼働対応労働時間制」について考えてみる(制度紹介編)
「稼働対応労働時間制」について考えてみる(労働基準法編)

「契約は自由」の原則

本来「契約」は「当事者の自由な選択の結果であるかぎり裁判所などが契約に介入するべきではない」とされています(Wikipediaより

 「労働契約」も「契約」です。労働基準法で定める「労働条件の最低の基準」を上回るならば、原則自由に労働条件を決めることが出来るハズです。

 「稼働対応労働時間制」は、「ホテル・飲食業」を主に想定している制度だそうですから、まずはホテル・飲食業界の一般的な(労働契約でない)契約がどのようにされているか確認してみましょう。

「ホテル・飲食業」での(一般的な)契約

客が「ホテル・飲食業」を利用する時の「予約」について考えてみたいと思います。お客から次のように言われたら、「ホテル・飲食業」ではどのように対応するのでしょうか?

< 「ホテル・飲食業」の予約の例 >
  1.  「10月中に3連泊するから、一番人気の部屋を押さえておいてください。利用する日は当日連絡します」(ホテルでの予約例)
  2. 「すみませーん、今日利用するつもりでしたが行けなくなりました。来週行きますのでよろしく」(ホテル・飲食業での予約例)

 例1では、宿泊日を指定せず、利用期間だけで予約をしようとしています。例2では、予約をキャンセルしても、別の日に利用すれば「プラス・マイナス ゼロ」で問題ないという考え方のようです。

 ほとんどの「ホテル」では、宿泊日を指定しない予約を受け付けることはないと思います。飲食業で言えば、少し前、予約を突然キャンセルする外国人旅行客に対して、「民度が低い」「マナーが悪い」とインターネット上で話題になりました。

 もっとも、すべてのホテル・飲食業が、こういった予約を絶対受け付けない・・・といっているワケではありません。

 「いつもガラガラに空いている」「人気がなく利用客がほとんどいない」といった所なら、宿泊日を指定されなくても、当日キャンセルされても、結果利用してくれるなら喜んで受け付ける・・・というケースもあるでしょう。

 結局、「契約当事者が条件に納得するかどうか」がポイントです。契約当事者が納得して「合意」するなら、私は別にかまわないと思います。

労働契約法の考える「労働契約」は?

労働契約法の目的は、次のように書かれています。

(目的)
第一条  この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。
(労働契約法より)

 契約は「合意」により成立するということが、いちばんのポイントです。

 ところで、「稼働対応労働時間制」の紹介記事(日経トップリーダー 2017.5 p21)では、労働契約法7条の「一部」が、次のように引用されていました。

【労働契約法 第7条】
 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。(以下略)
(日経トップリーダー 2017.5 p21)

 あわせて、つぎのような説明文が書いてありました。

 労働契約法第7条は、「就業規則を社員に周知させていれば、それが会社の働き方のルールになる」と定めている。自社にとって最も働きやすい労働時間の管理方法を定め、それを実施するために就業規則をしっかり見直したい。
(日経トップリーダー 2017.5 p21)

 この部分は、どのように理解したら良いのでしょうか? 就業規則とは、「会社が作成」し、「労働者の代表の意見」をきいて「行政に届出」をすれば成立します。端的にいえば、「就業規則は労使が合意していなくても成立する」ものです。

 労働契約法の規定では、第1条で「合意の原則」といっておきながら、第7条で、「労働契約の内容は、(会社が一方的に作成し、労働者の合意がなくても成立する)就業規則で定める労働条件によるものとする」となっているのは、矛盾しないんでしょうか?

 「自社にとって最も働きやすい労働時間の管理方法を定め、それを実施するために就業規則をしっかり見直し」をおこなえば、それが労働契約の内容になるんでしょうか?

労働契約法7条で規定される「労働契約」について

稼働対応労働時間制の提唱者は、どのような制度導入を考えているのか、かならずしも明確ではありませんので、ここでは労働契約法に基づく労働契約について確認します。

 日経トップリーダーの記事では一部省略されていましたが、労働契約法7条は、それほど長い条文でもないので、全文引用してみましょう。

第七条  労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
(労働契約法より)

 この規定によれば、「労働者及び使用者の自主的な交渉」をおこなうにあたっては、労働契約書に記載されている条件だけでなく、(周知をおこなった)就業規則の内容も合わせて労働契約の内容として「有効」ということになります。

 ここで、この条文が想定している「場面」に注意してください。「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合」を想定しているのです。たとえば、労使がはじめて契約を結ぶときに、会社が「労働契約書」と「就業規則」を提示し、労働者がその内容に「合意」をすれば、「労働契約書の内容」「就業規則の内容」が労働契約の内容となるということです。

 つまり、労働契約法7条の規定に限って言えば、会社の「あと出しジャンケン」を認めるものではないと考えられます。在籍中の労働者に対して、(会社が一方的に定めた)就業規則を周知することで、労働契約の見直し(変更)ができるワケではありません。

 労働契約を見直す(変更する)場合については、労働契約法 第8条に次のように規定されています。

(労働契約の内容の変更)
第八条  労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
(労働契約法より)

 ところで、労働契約は「合意により変更することができる」なら、「合意」がなければ変更できないんでしょうか?

労使の「合意」がなくとも労働契約の見直し(変更)ができるケースがある

じつは、労働契約法には、労使の「合意」がなくても労働契約の見直しができるケースについての規定があります。

(就業規則による労働契約の内容の変更)
第九条  使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。 
第十条  使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
(労働契約法より)

 9条、10条を踏まえて、「就業規則による労働契約の内容の変更」をザックリまとめると次のとおりです。

・就業規則を労働者の「有利」に変更する場合

労働契約法12条の規定により、「就業規則」の内容は有効です。

(就業規則違反の労働契約)
第十二条  就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
(労働契約法より)


・就業規則を労働者の「不利」に変更する場合

次の3つの条件を満たした場合のみ有効です。


  1.  就業規則を周知すること
  2.  次の5つが合理的であること
    • 労働者の受ける不利益の程度
    • 労働条件の変更の必要性
    • 変更後の就業規則の内容の相当性
    • 労働組合等との交渉の状況
    • その他の就業規則の変更に係る事情
  3. 労働契約で「就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分」でないこと


 ちなみに、日経トップリーダーの記事の中の「労働契約法7条」で、省略している部分は、ザックリいって「労働契約書の内容」と「就業規則の内容」が異なる場合は「有利な方が労働者に適用される」ということが書かれています。

 まとめると、自社の労働者に対して、就業規則の見直し(変更)により労働条件の変更をおこなおうとする場合は、つぎの3つのパターンのいずれかになります。

< 就業規則の見直し(変更)で労働条件が変更できる3パターン >

  1. 労働者にとって有利に変更するパターン
  2. 労働者にとって不利だが、労使が合意したパターン
  3. 労働者にとって不利だが、労働契約法でさだめる諸条件をクリアしたパターン


「稼働対応労働時間制」の導入は、労働者にとって有利か? 不利か?

記事では、「従業員にとって「早く帰る」「遅く出勤する」ということができるのはうれしいようです」との声が紹介されています。ただ、「遅く帰る」「早く出勤する」ことはうれしくない可能性もあるワケで、「稼働対応労働時間制」では「所定外労働1日平均4時間」とするわけですから、「うれしいコト」と「うれしくないコト」は同量であり、これをもって労働者に有利な制度という判断はできません。

 ここで、冒頭の「ホテル・飲食業の予約の例」を思い出してみてください。

 予約日時を確定しないことは、「人気のホテル」「繁盛店」にとっては不利で、「利用客がいないホテル」「いつもガラスキの飲食店」にとっては有利であることを考えれば、すくなくとも「稼働対応労働時間制の導入」が有利か不利かという判断は、労働者の事情による・・・といえるのではないでしょうか?

働き方改革との関連を考えてみる

そもそも「稼働対応労働時間制」は、「時短アプローチ」の一環として提案されたものです。「時短」という観点からは、たしかに効果があがっているようです。

 ただ「時短」できればそれでいいのでしょうか?

 ここで、ひとつの例を考えてみましょう。

< おなじ身体能力の人達による徒競走 >

同じ身体能力の人達を10人あつめて、5人づつの2チーム(Aチーム、Bチーム)にわけます。

  •  Aチームには「よし!と合図する」まで、全力で走るように指示します。
  •  Bチームには「5Km先の学校」まで、全力で走るように指示します。

 Aチーム、Bチームそれぞれ情報交換ができないようにして別々の日に測定したばあい、果たしてA・Bどちらのチームの成績が良いでしょうか?

 みなさんは、この徒競走の結果をどのように予想しますか?

 私は、100m走ればいいのか、10km走れば良いのか、42.195km走ればいいのかまったく情報のないAチームより、「Bチームの成績が圧倒的に良い」と予想します。

 この例にあてはめて表現すると、あたかも「稼働対応労働時間制」では、「AチームもBチームも、身体能力が同じなのだから同じパフォーマンスが出せる」と考えているような印象を受けます。

 働き方改革では、ただ時短すれば良いというものではありません。生産性が重要です。「稼働対応労働時間制」の導入により生産性にどのような影響があるのか気になるところです。

労働人口の減少に対応できるのか?

つぎに、労働人口の減少に対応できるのかどうか考えてみます。具体的には、「稼働対応労働時間制」の導入により安定的な求人ができるかどうかということです。

 「稼働対応労働時間制」では、従業員に対して「事前に決められた労働時間ではなく、繁閑に応じて会社が指定する労働時間に、柔軟に対応する」ことが求められます。

 つまり、「炊事・洗濯・掃除などの家事」「子育て」「老親の介護」などといった「ライフの部分」を状況に応じて柔軟に変更したり誰かに任せられる労働者なら、「稼働対応労働時間制」に対応できるでしょう。しかし、こういった人は、これからドンドン減っていくことが予想されます。

 逆に、「働く意欲」「能力やスキル」「経験」などが十分あっても、「労働時間に制約がある」労働者は、「稼働対応労働時間制」に対応できません。しかし、こういった人は、日本にはまだまだたくさんいて、その「能力やスキル」「経験」を生かせずにいます。

 「労働時間に制約がある」労働者を採用し活用するためには、「決まった時間に初まり、決まった時間に終わる」ことが重要です。「稼働対応労働時間制」とは真逆のアプローチが必要になるように思います。

 ところで、ハローワークでは、「始終業時刻」の明示されていない求人を受け付けるんでしょうか?

まとめ

「稼働対応労働時間制」について、提唱者は、「稼働対応制はつくって間もない仕組みで細かい制度設計については検証を続けています(日経トップリーダー 2017.5 p25)」と書かれています。

 導入事例では、いくつかの問題に対して細かな配慮により対策されているようです。

 実際、労働時間を固定しないことで必要時間だけ働かせることができれば、時短につながることは事実でしょう。なにより「実際に導入して良い効果がある」ということですので、現場に合っている部分もあるのでしょう。

 日本の多くの会社では、「労働者を必要最低限数雇用し、繁忙期は時間外労働で対応する」というスタイルですので、このスタイルが続く限り「稼働対応労働時間制」の「時短」に対する有効性はあると思います。

 一方では、前回の「労働基準法編」で考えたとおり、労働者の生活に与えられる不利益を最小限にとどめようとする労働基準法の規定や、労働局の労働時間規制の構造上要請されているコトに対して「そぐわない」部分もあると考えられる(個人の意見です)ので、特に制度導入にあたっては、労使よく話し合う必要があります。

 裁判所は、「特定」を要件とする1か月単位変形労働時間制において、特定された労働時間を変更するにあたっては、次のように判示しています。

 労働者から見て、どのような場合に変更がおこなわれるかを予想することが可能な程度に変更事由を具体的に定めること。
(JR東日本事件 東京地裁 平12.4.27)

 勤務変更は、業務上のやむを得ない必要がある場合の限定的かつ例外的措置であり、その事由を具体的に記載し、その場合に限って勤務変更を行う旨定めることを要する。
(JR西日本事件 広島高裁 平14.6.25)

 これらの判例は、割増賃金を支払う必要の「ない」1か月単位の変形労働時間制についての判例であり、「稼働対応労働時間制」では「割増賃金を支払う」といっているのですから、そのままでは当てはまらないかもわかりませんが、裁判所が、

・労働時間を特定しないことは、労働者にとって不利益だと考えていること
・特定された時間の変更について、一定の基準を示していること

といった点については、留意する必要があると思います。


 以上、今回も予想以上に長文になりました。読んでいただきありがとうございます。

 例によって、私の理解不足等により、カンチガイ等あれば、教えていただければたすかります。


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